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立ち退き強行

2000年の夏、延吉で「旅遊博覧会」が開かれました。そのためにだと思うのですが、2000年の春くらいでしょうか、延吉市内の小学校の校門のまわりというか、まるで塀代わりにたっていた小さな商店や食べ物やが一気に取り壊されました。理由は、「汚い」。「立派な建物を隠してしまう」。同僚の日本人の先生たちは、「それが延吉らしくていいのに!」と憤慨していましたが、私はきれいになるのはいいことのような気がしてちょっと嬉しく思っていました。他の先生と違って二年間日本に帰れない私は、少々「きれいさ」に餓えていたのです。

が、後で立ち退きの際のことを聞いて中国の開発の様子に驚きました。本当に突然で強制的だったようで、中には自殺した人もいたようです。もともとこれらの商店は無許可で営業しているところが多かったとのことなのですが、かなり強引な立ち退きだったよう。中国の行動力には驚かされることが多いですが、一週間位で立ち退かなければならなかったよう。街中の汚い小商店が一気になくなって、特に学生たちは安いお店が減ってしまってかわいそうでした。

立ち退きを強いられた商店の人たちはいった移動しているのだろう、と心配でしたが、さすがそこは中国人! 一週間ほどであちらこちらの別の場所で開業をはじめました。いつも行っていたコピー屋さん、クリーニング屋さん、焼きそばのおいしい麺の店・・・もともと飾りも何もないお店だったので、移動も簡単だったのかもしれません。それにしても、中国の人たちはたくましい! 立ち退きを要求されて、途方にくれてないているのではと思った私が恥ずかしかったです。


飲茶


延辺の人、特に朝鮮族はあんまりお茶を飲む習慣はないのですが、香港や台湾を中心に中国の大部分ではお茶を飲む習慣があります。今日は香港の飲茶の習慣について少し。

香港人の主人とイギリスに住んでいる私ですが、彼ら、イギリスにすんでいても飲茶の習慣を捨てることはできません。なにかあると、「じゃあ、飲茶しようよ!」となるので、誕生日、久しぶりの再会、何かのお礼、などなど、ちょっとしたことで飲茶になります。きっと食事するよりも飲茶の方が気軽で簡単な感じなんだろうと思います。そんなわけでイギリスにいるのに月に数度は飲茶している私です。

飲茶って、もともとお茶を飲むことだったのですが、今ではその時食べていたつまみがどんどん発達して、ちょっとした食事になってしまったものだというのは有名な話だと思います。お茶を飲みながら蒸し餃子とかシュウマイのような蒸し物や揚げ物、エッグタルトのような甘いものといった点心を食べ、チャーハンや麺で最後に食事して終わりといった感じです。


点心ですが、日本ではエッグタルトやシュウマイ、マンゴープリンといったものが人気なのではないかと思います。エッグタルト(蛋達という)は彼の大好物でよく食べますが、マンゴープリンは香港人が食べているのを見たことないです。ナンでかなあ。食べているのは日本人ばかり。私もまだ食べたことありません。お茶に合わないからかもしれないなと思います。

また、点心には甘いものがたくさんあって、日本人から見るとデザートのような感じがしますが、香港ではこれも他のシュウマイのような点心と「一緒に」たべます。日本人の私は最初「ええーつ!?」と思いましたが、考えてみればもともとは点心って茶菓子。順番はないのかも。お茶と一緒にタクアンをつまんで、次はヨウカン、漬物、お饅頭、といった感覚なのかもしれないなと思います。

主人の大好物はエッグタルト。主人は一番に頼みます。でも日本人と飲茶に行って一番にエッグタルトを頼んでも、誰も食べてくれません。「えー、やっぱり最後でしょう?これは? 最初に食べるなんてゆるせない」
 
ということで、誰にも手をつけてもらえないエッグタルトは私と主人のものとなるのでした。

洪水

たぶん2002年、中国から帰った後で書いた日記だと思いますが、載せますね。

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最近中国の洪水のニュースをよく耳にします。数百人の人が既に犠牲になったそうで、自然の脅威を感じると共にその規模の大きさに驚いています。

ただ、日本ではあまり報道されないのですが、洪水って中国ではけっこうしょっちゅう起こっているようにおもいます。先輩隊員の中には洪水のため非難した隊員もいたそうですし、2年前、私が住んでいた吉林省の延辺でも洪水がおこり、結構被害がでました。犠牲者も、数は忘れましたがいましたし、川の周辺の家屋は流されたり壊れたり、そして農作物への被害も深刻でした。このニュース、同じ吉林省内のニュースにはなりましたが、全国ニュースにまではなりませんでした。

ちょうどその時私は協力隊の総会があって北京にいたため延辺にいなかったのですが、北京に立つ前もすでにあまりの豪雨に雨漏りが始まったり、結構大変でした。洪水の起こった時は私の住んでいた外教楼前の道が川のようになり大変だったようです。私が帰った時は水もひき、道路も歩道も泥だらけ、クリームを塗ったように泥の堆積している道から人々が泥を掻き出しているようすを見て何事かと思いました。

私のいた街延辺は吉林省の東の端にあるのですが、延辺が洪水に見まわれているころ、ここから西へ汽車で8時間ほど西へ行ったところにある同じ吉林省の長春では、ひどい水不足に悩まされていました。この街に住んでいた友人宅では1日2時間しか水が出ず、長春市は飛行機を使って人口雨を降らせたり、と涙ぐましい努力をしたりしていました。

このような自然(?)災害、中国では年々深刻になっているようです。モンゴル自治区では冬の冷害で家畜が死んだり、また有名なのは黄砂です。砂嵐警報が北京では発令されるようになったとか。黄河の水は途中で枯れてしまうところが出てきたそうですし、自然以外の公害の問題も深刻です。重慶の人の多くが喘息だといいますし、川が汚くて魚が食べられない、という地域は都会だけの問題ではなく、延辺の田舎の方でも聞きました。北京オリンピックに向けて発展中の中国ですが、北京では「古くて汚い家は見えないように塀で隠している」という話も聞きました。外見を飾るために大金を使い、いろいろな問題を隠してしまうのではなく、しっかりと問題を解決してほしいものだと心から思います。
プロフィール

Xingzi

Author:Xingzi
20世紀末から21世紀初めまで、中国吉林省の延辺朝鮮族自治州の州都・延吉で、日本語教師をしていました。その時の体験記のブログです。
(ブログ内容の無断転載はお断りしています。)

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