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中・朝・露の三国国境へ!

防川


中国は今(2000年10月当時),国慶節(建国記念日)のお休みで,私は8連休中です。旅行に行こうともおもったのですが,授業で疲れていた私は,結局延辺でのんびりすることにしました。たまっている仕事やメールの整理や仕事,朝鮮語と中国語の勉強でもしようかなと思っていたら,長春,ハルピンから隊員たちが延吉に遊びに来るとのこと。そこで,彼女たちと延辺隊員,そして延吉に残っていた日本語教師仲間とで,私もまだ行ったことのない延辺州琿春市内の中・朝・露,そして日本海の一望できる「防川」というところへ行って来ました。

琿春はこの夏やってきた新延辺隊員の1人がすんでいる街で,ロシアとの国境にあり,延吉からバスで2時間程度。週3回くらいロシアからの買い物客が押し寄せる国境の街です。結構大きい街でしたが,人がまばら…。よく見ると,お店はところどころつぶれていたりもして,ちょっと閑散とした感じもしましたが,すっきりした感じの街で,結構住みやすそうな街でした。ロシア人の姿を見かけると,本当に国境へ来たんだなーと感じました。

琿春へは延吉からバスで2時間ちょっと,河の向こうに北朝鮮の街をながめなから,わいわい琿春のT隊員のうちへ押しかけました。琿春から防川まではT隊員のチャーターしたミニバスに乗っていきました。道が最悪なのでバスで2時間半くらいかかります。でこぼこ道も大勢で騒ぎながらだったのでなかなか楽しかったです。実は防川は未解放地区なので外国人は許可なくはいることのできない地域。運転手さんに,「関所では日本語をしゃべるな!」と言われて,中国人のふり(?)をしていきました。(といっても,ほとんどバスの中にいるから関係ないのですが。)

防川はちょうど,マレー半島のようなかたちをしていて(たしか),川の向こうに北朝鮮,柵の向こうにロシア,この2国に挟まれているといます。とすごーく細長い地域でした。そしてその先端つまり本当に中国の端っこに丘があります。わたし達はそこまでバスに乗って行きました。ここは「鶏鳴聞三国,狗吠涼三彊(鶏が鳴けば三国に聞こえ,犬が吠えれば3つの国境が(だれか入って来るのではと)驚く)」という言葉がある(らしい)くらい近くてびっくりしました。ロシアのお百姓さんが柵の外で農作業をしているし,北朝鮮の人は川で魚を釣っているし,中国の端っこの向こうにロシアと北朝鮮を結ぶ鉄道が見え,その向こうには日本海もはっきり見えました。私は国境よりも、一年ちょっとぶりに日本海(韓国、北朝鮮の人は東海と呼びます)が見えたのがすごく嬉しかったです。

その丘から日本海までは15キロくらい離れているのですが,ずーっと平らな湿地帯というか砂浜が広がっているので,海岸線がきれいに見えます。私の中での日本海は,鳥取県の砂丘の向こうに広がる日本海ですが,こちらはずーっと平らで真っ白な砂浜が広がり,その向こうに青い日本海が見えました。鳥取の砂丘もすごいけど,こちらの砂浜の方が広くてすごいなー、なんて感動してしまいました。

防川に行く途中の景色もすごくよかったです。右手は北朝鮮との国境の川だったのですが、左手は途中から砂地に、そしてところどころ砂山になりました。ちょっと鳥取の砂丘週辺の風景に似ています。ただ,砂丘に草や木が生えていて、緑の砂丘です。鳥取の砂丘は,江戸時代後期(たしか)くらいから開拓されて,今はラッキョウ畑や葡萄,タバコ畑になっていて,砂が剥き出しになったりしているところが多いのですが,こちらは手付かずの砂丘です。開拓前の鳥取はこんな砂山が広がっていたのだろうな,と思うと、タイムスリップしたような不思議な感じがしました。

本当は外国人が入ってはいけない場所なんですけど、防川,よかったです。あそこの海でおよいだらめちゃくちゃ気持ちいいだろうな!! もっと近くで海を見たかったです。
そうそう,防川へ行ったことは、協力隊事務所には内緒にしておいてくださいね。

楽しいお休みも残り2日。あとはたまったメールや雑用の片付けで終ってしまいそうですが、いい思いでができました。いろいろ手配してくれた琿春のT隊員に感謝!
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2000年9月のホームページに載せた日記より

暑かった延吉も最低気温が1けたになりました。延吉の街も,随分変わり、大きなスーパーも登場,日本のシャンプーや洗顔料,中国製ですが日本風味のインスタントみそ汁,使い捨て懐炉などもそこで手にはいるようになりました。暮らしやすくなりました。大学の方も,各校舎に自動販売機が登場,休憩時間や放課後,コーヒーやジュースのカップを片手におしゃべりしている学生もいます。ずいぶん変わったものです。

この夏,私はほとんど延吉で過ごしていました。北京での研修前にちょっと長春によって旅行したあと,8月のはじめは、新延辺隊員の赴任の出迎え。それから来中した両親のため延辺を案内して大連,審陽,洛陽と旅行にいきました。新隊員は延辺に4人来たのですが、外国人滞在は初めてだとい田舎の中・高等学校ということで、いろいろと大変でした。2週間近く宿なしだった人もいるし…。いきなりテレビも冷蔵庫もカーテンもなく、そして部屋の電気は豆電球、お水は一日1・2時間、といった生活に大ショックの隊員もいました。ストレスでダウンしてしまう隊員もいたし、励ますのがほんとうに大変でした。

両親は8月の終わりにきていろいろ一緒に旅行しました。ちょうど洛陽に留学中の私の妹も一緒でした。延辺,大連,審陽とまわったあと両親は帰国,そのあと私と妹は妹の留学先の洛陽へ。延辺では見て欲しいところがたくさんあって、いろいろ連れまわされた両親は大変そうだったけど(ごめんなさい…)、きれいな風景と人情に触れてもらえたかな、と思います。延辺では博覧会真っ最中の延吉や国境のある図們,長白山(すごい暴風雨でなにも見えなかった…)を観光しました。そのあと次の大連は私が(妹もかな?)大喜び。日本から来た人とは違う意味で感動してしまったのです。「街がおしゃれー! かわいい服がいっぱーい! タクシーも人もマナーがいい~!」この感動は日本に住んでいたら分からないでしょうね…

審陽はさすが東北一の都市とあって、きれいではないけれど、大きな街でした。ただ大連をみた後だったので、…。ヌルハチの作った清初期の「審陽故宮」しか観光しませんでしたが、北京の故宮に比べて大きすぎないし,満州族の習慣や伝統が色濃く出ている感じがして、なかなかおもしろかったです。

最後の洛陽では妹の留学先の人々や留学生仲間にも会って、楽しく過ごしました。黄土地帯にある歴史ある洛陽は、日本の農村のような丘陵地の広がる延吉とは風景も街の感じも全然ちがいます。崖が多くて、そこに横穴式の住居(いまはもうほとんど使われていない)があったのが印象に残っています。埃っぽいし,少数民族の一つ、回族(彼らはイスラム教徒)も多いし、「西へきた!」という感じでした。妹の留学先の人たちといろいろお話しができたのも楽しかった。洛陽名物の水席料理フルコースも食べられたし,旧市街をぶらぶらできたし,のんびり洛陽を満喫できてよかったです。でも一番嬉しかったのは,寺院があったり,古い建物があったり,歴史が感じられたこと,中国っぽい雰囲気に触れられたことでした。また「ほんとの中国」を見に外へ出たいなあ。

そうそう,今父はこの旅行の旅行記を書いているそうです。読んでみたい方はまたメールしてください。
 
授業は9月の半ばに始まりました。今学期は4年生の「音声・語彙・文法学」,1,2年生の「会話」を担当しています。授業数は先学期よりぐっと増えたのですが,もう中国の生活にも慣れたし,会話は2年目とあって,ちょっと気持ちに余裕があります。ただ…4年生の授業ははじめての講義式の授業なのでちょっとピリピリしています。忙しいけど,教えるのが今すごく楽しいです。延吉生活もいますごく楽しい。最近やっと漢族の知りあいや友達もできました。いままで朝鮮族側からしか見えなかった世界が少し広がったような気がします。知り合いも増え,延辺や中国のことも一通り分かるようになり,何がなんだかわからなかった一年目と違って自由自在に活動できるようにもなりました。今ではパワフルな中国人に「いつも元気ですねえ…」と言われてしまうまでになった私です。途中で力尽きないように,一学期乗りきれるといいのですが。

私の延辺生活&隊員生活もあと10ヶ月。残りの時間,悔いの残らない充実した毎日になるように頑張ろうと思っています。では,また!

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中国大陸南北横断① ハルピン編

ハルピン氷祭り
期間:2001年1月~2月
旅行先:中国国内旅行(ハルピン市・北京市・雲南省各地・桂林市)


冬休みを利用して、中国の一番北にある黒龍江省のハルピンから、南の雲南省、そして広西壮族自治区まで、1ヶ月ほど旅行したときの日記を、数回に分けて載せていきます。同じ延辺隊員のHさんと一緒に出発、途中北京で洛陽の妹と合流(岡山市の公費生として岡山の姉妹都市に留学していた)、雲南を観光後2人と別れ、広西で同期の隊員の家に泊めてもらい、偶然出会った遼寧省栄口の隊員と北京まで一緒に旅をしました。ぜんぶ汽車でまわりました。大旅行だったので、いったい何から書けばいいのか分からないのですが、とりあえず、どんなところへ行ったかを書いて行こうと思います。

1. ハルピン (1/17)

 「21世紀初の氷祭りはすごい!」とのうわさを聞いて、それは見なくては、と旅のはじめにがんばってハルピンへ行きました。ハルピン行きの列車は夜行だったのですが、水蒸気で車内を暖める暖房がついていたのですが、一か所故障しており、スチームサウナ状態でした。また、トイレには暖房がほとんど利いていないので、トイレの水分は凍結していて、この氷で滑って転んだらまさに大ごとだなと思いながら用を足しました。何時間だったか覚えていませんが、ハルピンまで10時間くらいかかったのでしょうか。
さて、まさに氷祭りのためにハルピンへ行ったので、朝ついて、夜北京へ出発、というハードなスケジュールでした。ハルピンの氷祭りは有名で、国内外から観光客がたくさんきていました。この時期最低気温はマイナス30℃ほどになるのですが、幸い私達が行ったときは暖かくてびっくりしました。とはいえ、3~40分街をうろつくと顔が痛くなるので近くのホテルにかけこんで休憩、という感じでした。
 ハルピンといえばロシア風の街並みも有名です。うわさどおり、有名な聖ソフィア教会はかわいくてきれいでした。昼間はロシア風の街並みを眺め、夜(夕方)は氷像を眺めているうちに汽車の時間になってしまいました。

それにしても、寒かったです・・
プロフィール

Xingzi

Author:Xingzi
20世紀末から21世紀初めまで、中国吉林省の延辺朝鮮族自治州の州都・延吉で、日本語教師をしていました。その時の体験記のブログです。
(ブログ内容の無断転載はお断りしています。)

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