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中国の病院①

外国に住んでいて、一番困るのが病気になったとき。言葉が不自由だったり、勝手が分からなかったり…。私も中国での2年間、病院ではほんとうにいろんな経験をしました…。今回は北京の病院での思い出です。

中国での病院初体験は、北京にある日中友好病院でした。
これは日本の支援でできた病院だったかな? 
日本で研修を受けた先生や看護婦さんが多く、中国で日本語で診察を受けられる病院でもあります。見た目も中も日本の病院とあまりかわりません。中国の青年海外協力隊員が非常にお世話になっている病院でもあります。隊員達はここで年に2回、予防接種やら身体検査を受けますし、大きな病気になったときもここに運ばれてきます。医院長は、終戦後自分の意思で家族と別れて中国に留まり、文化革命に参加されてい(元?)日本人女性。当時女学生だったというので、今で言うと高校生くらいでしょうか? その時期に家族と別れて中国で一人生きていくことを選んだというY院長先生は、その強さがにじみ出ている感じがしました。

年に2回ある健康診断ではその医院長先生に診察をしていただけるのですが、実は私、初めてその先生と会った時のことが忘れられません。

その日はヨウ先生と、私達新しく中国に着いたばかりの隊員たちとの顔合わせの日。事務所近くのホテルで、北京料理を食べました。めての本格的な中華にちょっと緊張気味の私。まずはじめに自己紹介があったのですが、その時一番に自己紹介をしなくてはいけなかった私はどんな自己紹介をしたらいいのか困ってしまい、お医者さんの前での自己紹介だから、と、
「緊張すると胃がいたくなることがあるので、初めての中国生活と、初めての教壇での緊張で、胃が痛くなりそうで心配です。」
と言ってしまったのですが、隊員全員の自己紹介後、Y先生に一喝されてしまいました。

どんなことを言われたのかはっきり覚えていませんが、「緊張して胃が痛くなるといっていた人がいたけれどそんなことくらいで胃がいたくなるなんてこれからどうするの!?」みたいなことをぴしゃりと、かなりきつく言われました。赤面すると同時に「そんなにきついこといわなくったっていいじゃない!!」とむっとしたのを覚えています。
「やっぱり中国に長いこといるとこの先生みたいにきつくなるのかな!?」とも思いました。

でも不思議なことにこのY先生の一喝、その後の私を支えてくれる一喝になりました。それまでだったら緊張して胃が痛くなってしまいそうな場面でも、私の胃はびくともしなくなったし、初めての授業も堂々とできたので。不安になったときも、あの時の先生の一喝を思い出すと、「よし、頑張るぞ!」という気持ちが沸いてきて、結構緊張を吹き飛ばすことができたのです。どんな薬よりも強力な薬をもらったような気がしました。

…Y先生にはその後、身体検査のたびに診察していただきました。
もちろん私にそんな一喝をしたことなど覚えてはいないと思います。延辺へ赴任した後、初めての身体検査は、風邪をひいてふらふらの状態で受けました。その時は地元の病院でもらった薬で大丈夫か不安で、もらった薬のパッケージまで持ちこんで診察していただき、
「この薬をもらったのね? この薬は結構有名な薬ですよ。大丈夫。」と太鼓判を押してもらい、とても安心したのを覚えています。初対面の時は強くてきつそうに見えた先生が、とてもやさしい女性に見えました…。
 
*追記:SARS報道で友好病院のニュースをきいて驚きました。これ以上被害が広がらなければいいなと思います。
そうそう、そのニュースで知ったのですが、今は医院長先生も変わっているみたいです。

*追記2:Y先生、今は空の上の方になってしまいました。
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中国の病院②

「中国の病院② 風邪⇒即点滴」
at 2003 05/07 23:28 編集

室内は20℃、室外は-20℃という過酷な環境のせいか、延辺滞在中、冬はしょっちゅう風邪をひいていました。普段は日本から持参した風邪薬を飲んで直すのですが、何日も熱が下がらなかったり咳が伴ったりすると、仕事に差し支えるので早く直したいという気持ちもあり、病院へいって先生に見てもらっていました。それに、中国の風邪には中国の薬のほうが効くようなので。

幸い、私が住んでいたアパートのお隣は中間合資の病院でした。韓国の援助でできた病院で、延辺で一番いいといわれている病院(コンクリートみきだしの殺風景な内装)より、内装が少しきれいで、人も少ないのであまり並ばなくてもいいのが魅力。また、韓国人の専門家の先生がいらっしゃいます。高いので私はいつも中国人の先生に見てもらっていましたが…。

そうそう、もう1つ延吉の病院には特徴があります。日本語を話せるお医者さんが多いということ! これはすごく嬉しいです。熱で頭がもうろうしている時に中国語を話すのは大変なので。私の通っていた病院でも多くの先生が日本語を流暢に話せましたし、延辺1の病院には、日本で研修したことのある看護婦さんやお医者さんがおどろくほどたくさんいます! そんなわけで北京の日中友好病院で診察を受けるのと同様、運がよければすべて日本語で診察が受けられました。


初めて病院へ行った時はドキドキでした。日本の病院とは違った病院の雰囲気があるし、本当に診察、ただしいのかなと思って。

どんな風にお医者さんにみてもらうかというと、受付で診察料を払い、問診表のようなものをもらいます。その後、診療室へ。その病院では「Xingziさーん!」なんて看護婦さんが呼んでくれたりはしないので、診療室のドアをノックします。(いきなり開ける人も多い!!)そして中に患者さんがいたら出てくるのをまつという感じ。ついたてで中が見えないようになっているわけではなかったので、運が悪ければ診察されている姿を見られることも! さらには、ドア全開のまま診察しようとした先生もいて、「中国人は裸を見られても平気なのかな!?」とショックでした。

私はもちろん嫌なので、「ちゃんとドアを閉めて診察して!」っていうのですが、ノックもせずいきなり入ってくる患者さんがたまにいるのでどきどきでした。(幸いいつも見られることなくすみました!)

さて、体温や心音等を調べて毎回先生が下す診断は、「風邪、点滴と薬ね!」でした。はじめは「そんなひどいかぜだったの!?」とびっくりしましたが、私のいた地域では、風邪をひいたらすぐ点滴を打ってもらいうのがふつうのよう。学生もよく、「風邪をひいたので点滴を打ちに病院へ行きます」なんて言っていました。(あまりいい治療法ではないという話もありますが、確かに点滴を打つとすぐ熱が下がり、病状もよくなります。)

そんな風に簡単に点滴をうつせいでしょうか、中国の病院には「点滴室」というのが必ずあり、大勢の人がうえから点滴を下げて座っています。みんな打ちなれていて、点滴の瓶が殻になると、自分でぷすっと針を抜いて帰っていきます。つわものは、右手に点滴を掲げたままタクシーで帰っていったりも! 

今考えると、風邪くらいではお医者さんが診察してくれないイギリスとは違って、ずいぶんいきすぎた治療だったような気もします。

そういえば、病院だけでなく、薬屋さんもすごかったです。「当店オリジナル処方風邪薬」なるものを売っている薬屋さんもいて、いったいどんな薬かというと、…いろいろな風邪に効く薬を独自に組み合わせて売っていたのではないかと思います。中には8種類の薬一セットがそれぞれ包まれたものを持ち出し、「当店オリジナルの処方の風邪薬、これ全部を食後に飲めば風はイチコロです!」と売っている店もあり、素直にそれを飲んだある日本人の先生は、「薬を飲んでから私、すごくハイなのよね。なんか、ちょっと私、やばいかも…」と言ってました。

8種類は中国でもすごいとおもいますが、中国の人たち、結構ガンガン薬を飲んでいたような気がします。

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虫歯になったら・・・!?

中国行きが決まったあと、私の歯科医がよいが始まりました。(数回通っただけですが)青年海外協力隊の決まりによると虫歯を完全に直さないと派遣してもらえないからです。途上国での歯の治療は時として危険です。不衛生な器具から何らかの病気に感染するかもしれない、近くに歯医者さんがないかもしれない、そんなわけで治療しておかなくてはならないのです。

そんなわけで誰もが派遣前・・・いえ、派遣前の事前研修前に歯科医通いをします。親知らずを抜いていく人もいます。私も親知らずを抜くかどうか歯医者さんといろいろ相談したのですが、歯医者さんの、「まあ、中国だったら、漢方薬で二年がんばってもいいかもしれません」という無責任なアドバイスで抜かないことに決めました。おかげで一本あった私の親知らずはいまだに健在、中国滞在中、渡英後、一本ずつ生えてきましたが、まったく問題なく今に至っています。

さて、今日は実際の中国での歯医者さん体験を。歯医者には北京で一回、任地延吉で一回かかりましたが、北京のような大都市ではあまり日本と大差ないような歯医者さんがありました。

任地の延辺では、2001年当時、まだ青空歯科がありました。場所は水上市場の下。折りたたみいすに、汚れた白衣を着て座る歯科医。その前にもうひとつの折りたたみいすと、地面に広げられた汚れた布の上にはペンチやら口内鏡、その他の歯医者さん道具が並べられています。実際治療をしている場面は見たことがありませんが・・・はじめてみたときはかなりショックでした。

もちろん私が歯科医にかかったときはそんな歯科医にはかかりませんでした。延吉にもきちんとした歯科医がありました。そのひとつが、カナダ系の歯科医が開いているという「ノーブル歯科医院」。歯の詰め物が取れてしまい、困っているときに同僚の先生が教えてくださいました。

詰め物をかぶせるだけだから、とどきどきしながらいったノーブル歯科医院は、中も清潔で安心。私を見てくださった歯科医の女性は、なんとカナダへ移民してカナダで勉強したという韓国系カナダ国籍の先生。どうして延吉に来たのか、などお互いにいろいろお話した後で詰め物をまたかぶせてもらいました。(簡単にかぶせておくだけだから日本に帰ったらもう一度ちゃんと治療するようにともいわれた)

治療後、お金はいくらか聞くと、「あなたは日本から来て中国のために仕事をしているかただから、治療費は要らない」ということ。彼女も半分ボランティアのようなチャリティー精神で延吉で仕事をしているとのこと。同志だからとお金は要らないと言われました。

不安いっぱいでいった中国の歯医者さん。その先生の暖かい心は今でも忘れられません。

でもそれにしても、青空は医者さんからノーブルのような歯医者さんまで、本当に中国の歯科治療はさまざまです。お金があればいい治療を受けられるけれど、なければ命がけ(?)で青空歯医者に行かなくてはいけません。複雑な気持ちがしました。

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プロフィール

Xingzi

Author:Xingzi
20世紀末から21世紀初めまで、中国吉林省の延辺朝鮮族自治州の州都・延吉で、日本語教師をしていました。その時の体験記のブログです。
(ブログ内容の無断転載はお断りしています。)

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